JH7XZAORION ORI 

わたしという存在


       ゆ  だ   さとし
______   _ ________
 湯田哲の世界
     (さとしのホームページ)  
        2010.4

             メール

テレビは大学である
(2010年1月発刊南泉寺寺報)
〜感動の結晶化〜
気づかされた3日間
(2009年1月発刊南泉寺寺報)
〜「痛み」が教えてくれたもの〜
壁にかかった「書」
(2008年1月発刊南泉寺寺報)
私たち中の_
エネルギーについて

2006年3月13日
田島町立檜沢中学校卒業式祝辞
感動をくれた人たち
(2007年1月発刊南泉寺寺報)

おしゃべりの時代の_
到来です

(2006年檜沢中学校PTA会報)
今こうして_生きていること
(2006年1月発刊南泉寺寺報)
そんな気分でいたいもの
(2006年檜沢中学校PTA会報)
情熱を生み出すもの
2006年4月6日
南会津町立檜沢中学校入学式祝辞
ひとり言  日 記

メール紹介



湯田哲(ゆださとし)のホームページ
i-mode
www.daikurasou.com/satoshi/
全てが文章(テキスト)ですから
ケイタイから気軽に訪問してください。
南会津町議会のホームページ

 

(下写真の)あれから33年後の私、ビックリ・・・


高校時代の文化祭(田島高校理科室にて)


もの作りは楽しい

私が自作した電磁オシロスコープをデモしている時の写真、結構、興味深そうにみんな見ていってくれました。「もの作り」は楽しいです。それまで地上に
無かった新しいもの作ることって最高です。
1974年秋、ああ青春かな・・・・


私の科学的な目

理科について少し自慢するとすれば、小学生のころから?NHK教育テレビで深夜やっていた市民大学講座の「自然科学」、講師は竹内均東京大学教授でした。その番組を好んで見ていましたような記憶があります。もちろん白黒のブラウン管で、あの声で彼から色々教わったような気がします。今の私の科学的なものの味方、科学的な目、
現象の分析などは、少し得意なような気がします。
ちょっと自信過剰かな? 反省します。


話しを聞く(聴く)耳

私は昔テレビも見ましたが、深夜ラジオ放送を、聴いていた人間でもありました。たとえばTBSラジオの深夜放送パックインミュージック、野沢那智(アランドロンの声優)と白石冬美(アニメの怪物君の声優)の二人のパーソナリティーの「ナチチャコ金曜パック」。いつも思いだすのは、野沢那智のお便りを読む声とともに、そのお便りを冬美さんが聞きながら(私は彼女と一緒に聞いているつもりでラジオのこちらにいた)そのあわく切ない青春の失恋のお便りに、いつかすすり泣きに変わっていった時のことだ。その声は小さく、私たちに聞こえないようにこらえているよに聞こえた。 その冬美さんの声が切なく、彼女のほほ伝ってをこぼれる涙が見えたような気がした。その声が私をさらに悲しくさせ、涙していた。今でも忘れられない時間でした。こんなラジオ時代があった私には一方的かもしれないけれど、これで人の話し誰かの話しを聞いて、理解できる能力が身についていったのだと思うのです。今の私の基本の一部がこの時代に作られたのだと思っています

satoshi
今月のタイトル
satoshi
好きです! 仮面ライダー電王      NHK朝ドラ  芋たこなんきん も面白い
satoshi
今月のひとり言  ビルゲイツさんについて
satoshi
    (福島民報新聞紙面上の民報サロン)  私の1998年春の予言
satoshi
(作文?ひとり言?恥ずかしながら?)  
私の作文、その他
satoshi
(山形県天童市の御苦楽園の格言集より)  金言集(格言)
satoshi

湯田哲のプロフィール

私は昭和32年1月5日福島県南会津郡田島町大字針生(はりゅう)という
小さな村で、父梅久、母キチの次男としてこの世に生を享けた。
兄健一、姉桂子、伸子、私、妹の紀子、5人兄弟である。おもちゃや機械いじりが好きで、買ってもらうとすぐに壊していたとか(自分では遊んだ後だと思うんだけど) 小さかったころのある日、家(かやぶきの家)の改修工事に来ていた大工さん(ゲンジロウダイク)から買ってもらったおもちゃのヘリコプターが夕方にはトーベハタの池の中に、沈んでいたとか、そんな子供時代のエピソードがありました。(被告人さとし、「まったく記憶にございません」ただ昔から機械を集めてきたり壊したり作ったりしていたのだけ覚えていますが)おかげでこれら多くの事件で機械の仕組みや構造、その中の部品の役割なんかを理解できる能力が自然に身についたような気がします。今の私の基本の一部がこの時代に作られたのだと思っています。学校の成績はというと図画工作、理科だけは得意だったと思います。他は何かチンプンカンプンだったような子どもでした。ただ兄や姉たちの勉強する後姿の風景を毎日見ていたせいか、少しは机に向かう、書くまねとか、カッコーだけはやってたような気がします。
(私以外はみんな優秀で、母はそれを自慢していました。)

田島町立針生小学校を昭和44年3月卒、檜沢中学校を昭和47年3月卒、
福島県立田島高等学校を昭和50年3月卒、福島県会津農業センターを
昭和51年3月に卒(第2期生)、その年の4月家の農業に従事、1982年にだいくらスキー場ができ、次の年6月、台鞍荘という民宿を建て、12月には営業を開始、農業と民宿を合わせた経営で現在にいたります。
農業は31年、民宿は25年が経ちました。(2007年)
今年でちょうど50歳、昔だったら「人生わずか40年」でとっくにこの世に存在しないはずの私がこうして生きている。母の人生の厚みまで後13年、父の人生の厚み(寿命)まで後32年、どれぐらいの厚みまで生きられるか分からないけれど精一杯、生きるたいものである。ならば厚みはともかく、少し中身のある人生で生きたいものである。 贅沢かな? 父、母の分まで、いいえ私のルーツの全ての人に感謝し、そのルーツの小さな代表として生きてみたい。
家族は妻、息子(田島高校2年)、私の3人です。

喜びの出来事
この春(2007年4月)、田島、南郷、伊南、舘岩の4町村が合併し南会津町になって、初めての町議会議員選挙に立候補し、当選することができました。感動でした。多くの人の優しさに感謝の連続、感動の連続でした。そんな選挙期間でした。もちろん不安もありました・・・・でも・・・・結果、当選、多くの人に助けられての当選でした。急な立候補だったので選挙カーは許可されません、ハンドマイクのみの許可で、マイク片手に町中を全て歩きでの選挙運動でした。(歩きだったので、伊南、舘岩には選挙運動に行くことができませんでした。伊南、舘岩の皆さんには申し訳ないと思っています)歩いている私をみて「こんな人はじめてだよぉ・・・」と声援を送ってくれた人もいました。選挙先で出会った人たち一人ひとりの顔を、そして手のぬくもりを忘れません。何とか選挙最終日の夜8時まで歩き続けられたけど、そして疲れたけど、心地よい疲れでした。満足の疲れでした。歩いている時は自分ひとりずーっと声を出していました。声が出続けたのも不思議でした。すべてやるだけやったという充実感、選挙運動を手伝ってくれた人たちへの感謝、応援してくれたみんなありがとう
歩きの選挙は私に多くのことをプレゼントしてくれました。多くの収穫がありました。
「人の優しさ」、「情け」、「私の責任の重さ」、「エール」、「期待」、「感謝」、「願い」、「感動」

私の政治姿勢は
あなたのアイディアが町の未来を変えます!
あなたのその思い、願い、考え、アイディアを議会に届ける役割を私に託して下さい。そしてその思いの実現のため、そして少しでも住み良い町を作るために、あなたの思いをエネルギーとして私は働きます。
子どもたち、若者たち、私たちの未来のために・・・・


経  歴

元、台鞍山針生民宿ペンション協同組合理事長
元、檜沢中学校PTA会長(40代目2004年4月から2006年3月まで)
(ちなみに父梅久はちょうど20代目檜中PTA会長でした)
元、 都市農村交流実行委員会会長
現在
南会津町議会議員(文教厚生委員会副委員長) 
南会津町統計調査員
都市農村交流実行委員
たじま天文同好会代表
民報サロン75期生(福島民報新聞)
田島社交ダンス愛好会フラミンゴDSC会長
針生区代議員
南会津町消防団田島支団第2分団6部(針生消防団)部長

私はどこ?

私の頭をなでてた意味は?何?頭が良くなりますように・・・かな?

●今月のタイトル
     今月のタイトル

好きです! 仮面ライダー電王

    NHK朝ドラ 芋たこなんきん も面白い

今月のひとり言  ビルゲイツさんについて

    (福島民報新聞紙面上の民報サロン)  私の1998年春の予言

(作文?ひとり言?恥ずかしながら?)  私の作文、その他

(山形県天童市の御苦楽園の格言集より)  金言集(格言)

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湯田哲(ゆださとし)のホームページ(i-mode) QRコード

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わたしという存在 要するに自己主張、宇宙の中心は我なりの世界です。 反省しています。
わたしの趣味

天体宇宙星空コンピューター工作風景写真天体写真映画テレビ・ラジオアマチュア無線社交ダンス特許出願(いくつも出願したけどまだ取ったことがない。残念!!!消火用ホース巻取り装置(特許公開2005−22867)) おしゃべり、スキー、考えること、紙と鉛筆があれば、楽しく嬉しい。

●わたしの好きな人

宮沢賢治、チャールズチャップリン、淀川長治、ポール
東京工業大学名誉教授 芳賀綏、河島英五、カレルチャペック、
サンティグジュペリ、水戸部弥作(山形県天童市の御苦楽園、彼の生き方)、母(昔から好きでした。今でも私には大きな存在です)、父(最近とても気になる存在です。思い出が少しづつ膨らんでいく感じです・・・多くの思い出が・・・鮮明に・・・・記憶力の弱いはずの私なのに)

わたしの出会っ本

諸君はこの颯爽たる諸君の未来圏から吹いてくる透明で清潔な風を感じないのか

自己紹介 (序文)

   自己紹介(わたしという存在)についての2007年3月現在のコメント

                1997年4月の自己紹介のままで、ごめんなさい!

自己紹介について・・・・・時々「ホームページまったく変わってないねぇ・・・」なんて言われることがある。 残念だけどあたっている。 まるで古本のよう。 でもね、徒然草、源氏物語、4000年前の中国の古文・・・なんてのもあるじゃい・・・・おいッおいッ!・・・ちょっとォ!ちょっとォ!である。 思想やその人の固まった思考方法、思考方程式と解き方パターン、情報量などは変わらない。私の場合は、毎年どんどん減っているか出力がにぶってきてるのが現実です。
 年々成長や進化を見せる子供たちや若い人たちなら別だが、「俺ってこんなもんだよ・・・」と開き直るしかない歳になったかもね。  ただこのホームページ更新が無くて古いとお思いの方、変わっていないとお思いの方には申し訳ありませんと言うしかありません。 ごめんなさい!         古本屋で宝物をみつけて喜んでいるおじさんA


                                      でも人間ってそんなに変化しないんじゃないのかなあ・・・・

この10年間で、肉体は時の流れに比例して老化?衰えた?・・・んんん・・・残念・・・歳取ったけど、趣味や考え、思想、哲学、主義、モットー、感性?、夢、理想、人生の方向・・・・これはそんなに大きな変化は、ないような気がします。 つまり中身はそんなに変わっていないのです。 あの時のままの自己紹介で大きな修正はしないことにしました。 ただし、この歳になると人生を自分も含め、兄弟や家族、親戚、友人・・・、多くの人の人生が見えてくるようになった気がします。 両親について言えば、母は13年程前、父は数年前に、亡くなっています。 そんな両親との別れを経験してきたその子どもである自分として、自分の中に・・・・何か変化がおきたのは確かです。 それはなぜかと言うと、私にとって母のその時の歳までもうすぐだし、父のその時の歳までも数えると「これから俺って、そんなに生きられないんだな・・・・」と少し不安になってきたりする。 これは、これまでの私の人生でなかった感覚です。 
 「ああこれしか生きられないのか・・・・」って感じです。  ずーっと生きていたいけど・・・こんな自分の自己主張の空間がこのページです。


                                     たった今、これを書いていて、ふと思ったことがあります。

 学歴社会である日本で生きる人は、それをラベル、ステータスとして日本社会の重要な要素、個人を評価する重要な要素なんだろうけど。 それって知性の重力がじゃまして困っている人っているんじゃないのかな・・・・・幸せかなぁ・・・・クイズ番組で一千万円を獲得しちゃう時にはとっても役立つんだからやっぱ幸せだよね。 たった今頭をかすめたことです。     ただうらやましいだけじゃないの、結局、知的人種へのジェラシーかな。  


自己紹介 (本文)


●名前 湯田哲(ゆださとし)
  ●年齢 ??歳  ●職業 農業(水稲) 民宿経営

これは私の民宿、台鞍荘です

●日本 福島県 南会津郡 南会津町針生(はりゅう)  旧田島町
私の田圃の横に水芭蕉の花が咲いてる。それくらいの高冷地に住んでいます
もちろん水も空気も星空も美味しいです

●地理 会津若松まで1時間、尾瀬まで1時間ちょっと
浅草まで東武電車で3時間ちょっと(2007年現在新宿からここまで来れる)
東京まで自動車で3時間、青森まで8時間(北は本当に遠い・・・・)
七ケ岳、駒止湿原、鴫沼、だいくらスキー場

●どんなホームページが好きですか?初めてなのでアドバイス下さい。
メールって素敵ですよね!!!!筆無精な私なのに、よく言うよ!
(10年前のセリフだけど、今でも筆不精です)

shumi
趣 味

カメラ、風景写真、天体写真(こっちがメインかな・・・)

写真は結構、撮っているほうだと思う。毎日、300枚以上、この10年間で1000万枚以上、オイオイこれが本当の異常だよ! これ冗談ですからね・・・・デジカメ暦10年フィルム暦は・・・・何年、普通の人がどのくらい撮るのが普通なのか分からないけど、撮っているほうだと思います。撮影についてはうるさいです。やかましいです。こだわっています。理屈屋です。やっぱ、うるせー男なんですね私って。これも嘘ですからね。穏やかなもの静かな男です。  ハイ   楽しいですよね写真って。 周囲の人も私と出くわしたら「はい、こっち向いてください・・」(パチリ)って感じでしょうか。あきらめてるのか。みんないい顔して僕のカメラの方を見てくれます。 これって変ですかね・・・・でもね、もしこの私が1000年の未来からやってきた人間だったとしたら、多分この今の瞬間、見るもの全て、この私の目に飛び込んでくる光の全てを、記録するんじゃないかと思うんだ。  未来から過去を撮影しにきた男A、それがこの私なんです。
社交ダンス

ダンス暦30年???以上ただ長い期間やっているだけでレベルは並みです??ただ好きなだけです変な目で見ないでくださいね。 私と社交ダンスの出会いは、高校を卒業した次の年の会津坂下にあった福島県会津農業センターでした。(そこはできたての農業研修センターで私は第2期生です。えっへん!あれなに威張ってるんでしょうか、この時代はまだ農業にも勢いがあって、このセンターにはアジアのあちこちのから国も研修にきてました。ブータン、パキスタン、マレーシア、タイ・・・今思うと今の30年後のいまのような技術はすでにそこでは先取りのようにやっていたように思います)そこで年末のクリマスパーティーのためのダンス講習会が何度かあって、その中でジルバを近くの会社(電子部品の工場?)の大人の人たちから習ったのが社交ダンスとの出会いでした。楽しかったです・・・私にあっていたのかどうだか疑問ですが?  とにかくシャルウイーダンスまではいかなくても気分はあんな風です。楽しいですよ研究室にばかり立てこもっている人でしたら異性とコンタクトできるタッチできる趣味ですからね。純粋な気持ちを持ち続けられる?下心とかじゃなくて?オイオイあまりに言い訳が増えてきましたよ・・・・でもダンス面白いですよ。ワルツもタンゴもルンバもいいですが、ジルバが最高に大好きです。健康にもいいですしね。おすすめです。シャルウイーダンス?

映画

特にSFやアクションものが好きです。「映画ってほんとにすごいですよね」 

最近見たのは:「エヴァンゲリオン」「身の代金」「インディペンデンスデイ」(10年前)
最近見たのは:「フラガール」私の県福島のいわきが舞台で、んんん・・・良かったです。最高でした。心が洗われた今の自分の少し汚れた色あせた心を洗ってくれた映画でした。あのチャップリンの「街の灯」を見たあとの感覚に似ていました。  「タイフーン」(韓国映画これも良かったです。深い映画でした)(2007年春現在)

昔見て覚えている印象的な映画:「街の灯」「野のユリ」「汚れた顔の男(天使?)」「我が谷は緑なりき」「2001年宇宙の旅」「弾丸を噛め」「禁断の惑星」「スタートレック」「エイリアン」「ターミネーター」「ダイハード」「ビバリーヒルズコップ」「ロボコップ」「スタンドバイミー」

コンピューター

昔、ワンボードマイコン(ただこの時代は見ているだけだった1970年ころ)次に1980年にNECPC8001シリーズから98時代に入り自分のコンピューターNECPC8001を手に入れました。かれこれコンピューターとは長い付き合いです・・・・ようやく昨年1996年3月の下旬に待望のDOS/V機IBMのAptiva770を求めてちょうど1年がたちます。Win95の時代になってようやく世の中少し落ち付いてきたような気がします。今度は昔のように次々と新型を求めなくてもいいようです。 つまり気軽に改良可能であるという事です。そういえば最近、CPUがMMX200にしたDOS/V機も組み立てました。 LANでつないで遊んでいます。 工作の好きな機械好きな自分にこんな時だけ感謝しています。「・・・ありがとうメカ人間くん・・・・」


          ビルゲイツさんについて
                       
ビルゲイツさんについて・・・  

 多分私とビルゲイツさんは同級生ぐらいだと思います。 かたや2兆円、かたや私は胃腸炎、がっかりだよ! ただの「に」と「い」だけの違いなのに大違い。 かたやちょっとした国の国家予算くらい自由に使える身、私はちょっとした家の予算を維持できるかやっとの身の上、今や地球は格差社会ですぞぉ・・・ひがんじゃいますね。
 私のコンピューターとの付き合い暦は彼と同じくらいです。 コンピューターと出会いはもしかして私のほうが早いかもしれません。(多分、彼私より少し若いんだよね) ビルゲイツは天才です。彼は優秀ですごい人物です。ホント感心してしまいます。 尊敬します。 彼自身の今の生き方も、財団を創り、学校、教育・・・・・社会の恵まれない人々に自分の富を還元しようとしている。 国家がやらなければ、個人でその社会問題を自分のアイディアと力でクリアーしてみせようとする姿。 かっこいいですよね。 トヨタ・・・ソニー・・・・黒字の企業の皆さんも・・・見習ってください。すでに同じようなことやっているんだっけ?やっていたらごめんなさい。 申し訳ない勉強不足で。 大金持ちたちの20億円のダイヤモンドだの、一泊300万円のホテルだの・・・・富を独り占めして何が面白いんだろう。アイドントノーである。 あれ話がどんどん脱線しちゃった。 ひがみ癖がでてきました。 悪い癖です。 反省してます。
                   
                    彼とコンタクトをとってみたいような気がします。 
同級生のよしみで、ちょっとお金かして・・・困ったおじさんです。ハイ あっ英語でないから通じないか・・・残念! 
             さっき私が言っていた「富の還元」なんて形だけですね。 これまた反省です
 
今「ビルゲイツ」なのか「ビル・ゲイツ」なのか調べるためにインターネットで調べて見たら、そんなことはどうでも良いことで何と彼の個人資産は6兆円だそうです。 いつの間に4兆円も増えていたんでしょうね。 訂正します。
ちなみに私の個人資産は・・・・・やめときましょう・・・・落ち込むだけですから。 あやかりたいとはこのことだ!
  ※訂正: ただの「に」と「い」だけの違いなのに大違い。 ただの「ろく」と「い」だけの違いなのに大違い。

スピルバーグやジョージルーカスみんな同じような世代じゃないかなぁ・・・みんな天才ですね。嫉妬しちゃいます、その才能に。 「天才は忘れたころにやってくる サトシ」 私のことです。 私もやってきてみたいものです。どこに?

 

工 作

工作機械はだいたいそろっています。しかし年とともに買った方がいいかな?とかだんだんものぐさになってきています。昔は様々なものを作りました。直径4メートルの風車(風力発電のために)FRPで、ローテーター(アンテナをまわす装置)(買った方がよかったくらいお金がかかった)、反射望遠鏡(主鏡、斜鏡だけは買ったけど)、自動土振るい機

何か作っているとメカニックを体が覚えていくということで勉強になります。だいたいの機械の作動原理や仕組みはだけは解ります。自信過剰ですけどね。 

特 許

一生に一つや二つ、特許を取得してみたい。何度か申請してみたけど「誰しもが容易に考えられるもの、特許に値しないゆえに却下」、これで結局お金がパーになるわけだけど、申請する前に特許庁のHPで検索していろいろ研究してから出すことをおすすめします。
ご存じと思いますが、今は誰でも家からオンラインで直接特許庁へ特許出願ができます。そんな素晴らしい環境にありながら、まだ特許取得してない自分が悲しいです。アイディアは泉のごとくわいてくるのに・・・・・ 申請しようと思うアイディアがあるけど・・・
お金がないので少し慎重になってる今日この頃です。

「消火用ホース巻取り装置」(特許公開2005−22867)
自慢しちゃうとすれば、2003年秋の第49回福島県発明展にて一般の部で最高賞の県知事賞を頂きました。新聞にも何度か出たりもしました。 その発明品とは「消火用ホース巻取り装置」(特許公開2005−22867)です。その年の6月ころのポンプ操法大会に針生の消防団出場するために練習していて、どうしてもホース巻くのに時間も手間もかかるので、何とかしようと思って作った装置でした。 早くきれいにしっかり巻けるがポイントの発明品でした。今でももちろん活躍しています。商品化は?・・・・・んんんん・・・いいんだけどな・・・・すごく
他にもいくつかの特許申請はしています。 特許庁の検索ページで発明者のところに「湯田哲」と入力するといくつかの私の発明品を見ることができます。それらが商品化していないのが残念!!! 夢かな。

アマチュア無線(一応第2級アマチュア無線技士)

この田舎町のアマチュア無線講習会の講師でもあります。エッヘン??何もえらいわけでもありません。その道何十年?初めての人より少し知っているだけですからね毎年100人近くの生徒が合格しているのに・・・アマチュア無線開局する人が少ないのが気になります。われわれすでに無線やっている人の情熱しだいのような気もします。責任重大ですね。でも何の働きかけもしていません「奇麗事」で終わっています。何かしなくちゃね・・・・言うばっかりは誰でも言える・・・・落ち込んじゃうね自己分析していくと・・・・・・・

テレビ

わたしは今こうして時々インターネットをしていますが以前はこのインターネットを冷めた目で見ていました。「そんなに勉強してどうするの????そんなに知識を得てどうするの????何が欲しいんだろうか何を求めているんだろうか?人々はインターネットの手段を使って・・・と疑問でした。つまりテレビが存在するのに・・」(もちろん番組を選択する能力も問われますが)テレビの中のドキュメンタリーや人間が描かれている番組(特にNHHKスペシャル)を見るときこんな素敵な真実の情報がテレビで見られるのに、こんなに感動できるのに・・・と思っていました。 それこそテレビがあるいは情報が生きるためには生きた価値ある存在になるには食べ物を何度も何度も噛み続けて栄養になるようにj何度も見るのや聞くのを繰り返すことが最大のポイントだと思っています。

(好きな番組NHHKスペシャル、徹子の部屋、スタジオパーク、あんまり知らないんだね・・・自分でも)

昔好きだった番組:「中学生群像」「ウルトラゾーン」「宇宙大作戦(スタートレック)」「宇宙家族ロビンソン」「0011ナポレオンソロ」「ナショナルキッド」「宇宙少年ソラン」「宇宙エース」「科学忍者隊ガッチャマン」「テッカマン」「ぴあの」

 印象的だったテレビ:最近(去年)WOWOWでやっていた新・アウターリミッツで「わたしはロボット( I ROBOT)」を見たのが印象的でした。中学のころ?見たウルトラゾーン(日本のタイトル「これはあなたの受像機の故障ではありません」では始まる番組大好きだった)でリメイク版でした。最高でした。そればかりが目立って他のストーリーは影薄でした。わたしと波長が合ったSFだったのだと思います。

「続きものの毎週やっているドラマは苦手です。(最近自分の有機記憶回路(脳細胞退化現象)が不完全なのです)


今好きなテレビ番組はNHKの朝ドラ「芋たこなんきん」(2007年3月現在)
   
今好きなテレビ番組はNHKの朝ドラ「芋たこなんきん」(2007年3月22日現在)

今(2007年3月)好きなテレビ番組は、NHKの朝ドラ「芋たこなんきん」(田辺聖子の自伝)(間もなく終わるけどいいドラマです・・・・久しぶりの最高のドラマです・・・あの泣き虫のあのころの我が子が、年月がたって、大人になってお酒も飲める年頃になって、一人の人間として自分の人生を見つめれる歳になった生きている姿、親たちのことを気づかい・・・恋人もできて・・・・
 久しぶりに帰ってきた息子、その息子と会話などあれこれしているうちに、夫と二人きりになった時、妻、つまり作家である主人公の彼女(女優:藤山直美が演じる)が息子を評して「・・・・ぶ厚くなったなぁ・・・・だいぶぶ厚くなったなぁ・・・・」と言うシーンがあった。 小説家で、多くの人の人生を一冊の小説にまとめ上げている彼女にとって人生とは一冊の本に見えたのだろう・・・・いいセリフでした。 小説家ならではの素敵なセリフでした。 私も、自分の人生のどれくらいの厚みの本になるかなぁ・・、薄っぺらな厚みにしかならないかもね・・・・などと思った。 
人生の厚みってどれくらいになるものかなぁ・・・・私の母の人生の厚み、父の人生の厚みは? その厚みを決めるのは今生きているその子どもたちの私なのだと思ったりもした。最近どんどん今はいない
父や母の厚みがどんどん厚くなってきてるのはどうしたことだろうか・・・・・そしてもっともっとその厚みをましていきたい気分である。 「かみしめる」という言葉があるけど、私は両親のそれら過去のさまざまな姿、両親とかわした言葉、一緒にいた風景(トベハタの田んぼでの思い出)をかみしめている。さらに何度も何度も・・・・・・かみしめて、そんな人生を見つめれる歳になったような気がする。 あああ、やっぱ歳をとったのだろうか・・・嬉しいような、・・しいような、でも嬉しいです。


日曜日の仮面ライダーはすごい
日曜日の仮面ライダー電王はすごい

そして仮面ライダーカブト 彼ってきざだけどかっこいいし好きです。スピード感や特撮、スクリーンアングル
ストーリーすべて面白い。嬉しくなっちゃう。大満足だった。 それで今度、新しく始まった仮面ライダー電王はどうか?見てみた。いつもの時間だから、ちょっとテレビつけてみた。 どんなかなぁ・・・・不思議なストーリー・・・・・、その中に出てくる主人公の少年をとりまく少女たちのキャラこれまたカワイイ・・・・この歳でそんな気は無いけれど、美人だし見ているだけでも嬉しくなっちゃう。 メインの時空を旅する未来の電車?については、大人の私には、 ちょっとォ!ちょっとォ!だったけれど、見ているうちに重要な役割のように思えてきたりした。 最大の特徴は、主人公の少年(良太郎)とその彼の肉体と赤鬼、青鬼との乗り移る?同化する?というか・・・・そんな変身パターン。 様々な登場キャラ、物語の展開、んんん・・・・好きです。つまりおじさんにとって(私という意味だけど・・)その仮面ライダー電王の変身に赤鬼の性格、青鬼の性格が反映してくるというストーリー、どちらの鬼がどんな時に乗り込んでくるか。決まりや法則が無い??。 どちらが乗り移るかで、性格、強さ、得意な技まどなど色々・・私も2回に1回の率で見ているくらいだから、そんな全て理解している訳ではないが、とにかくその関係、やりとりが面白いのだ。 主人公の少年(良太郎)本人は、強い少年というより、やさしくケンカなんかやったことのないような弱い少年のように見える。だいたい一般的などこにでもいるような少年なのだ、強い人間に誰だってあこがれるよね。人間の2面性、強い部分、弱い部分、良い部分、悪い部分、この仮面ライダー電王では、見ている自分がどっちなのか問い掛けているように思える時がある。俺だったら、僕だったら、その時正義を行えるのか。暴力は苦手だし、痛いのは嫌いだし、ただ黙って見ているだけ・・・。時々心が痛いときがある。そしていつのまにか、日常生活の中で、現実の世界で、自分の中にも、その赤鬼、青鬼が乗り移ってくれないかと願っているのだ。 
私という人間として肉体(ボディー)に今乗り込んでいる今までの自分自身、
そして時々乗り込んでくる赤鬼、青鬼、それはまるで私という電車に乗り込んでくる乗客たちのようだ。
乗客の色にそまる。 強い自分なのか、弱い自分なのか、暴力に立ち向かえる自分なのか、様々。
誰かがいじめられていたら、それを止めさせるほどのパワーが自分にあるのか・・・。
正義を行えるほどの力と勇気が自分の中にあるのか? 
この仮面ライダー電王は複雑な人間の心理や本当の人間のやさしさや人の生きる道や何かを訴えかけていような気がする。 大好きですこの仮面ライダー電王・・・・最高おぉっ!!!
2007年3月22日夕方5時30分書き込み  湯田 哲
なぁお前いくつになったんだ・・・俺?・・・でも面白いもんはやっぱ面白いもん・・・・大好き仮面ライダー電王

天体(宇宙)        私の1998年の春予言

 「今はヘールボップ彗星に夢中です。」と書いていたのはつい先日のこと、時間とともにだんだん頭が冷えてきたみたい・・・・やっぱり熱しやすく冷めやすいメタルの脳の性かもしれない。でも次の考えは変わらない。☆★その彗星が2400年の未来にもう一度地球に接近する頃には今のこのボクはもういない。地表の土の粒子になってか、宇宙の塵になってかとにかくわたしの存在はない。その時人類はすでに別の銀河にいっているかもしれません・・・・そんな未来にも存在する彗星、今のうちにそんなはるか未来の地球の姿を見れるその彗星にわたしの尊敬の念と夢と希望を彗星に託しているのです。だからその美しい光の尾を写真に撮られずにはいられないのです。(毎日晴れれば必ず撮影しています) 宇宙病みたいで彗星がやって来るたびに空を眺めています。ベネット彗星、ウエスト彗星(1976年)、オースチン彗星、ハレー彗星(1986年)、百武彗星(1996年)、そして今回のヘール・ボップ彗星、次ぎ来る彗星が楽しみです。


私の1998年春の予言

民報サロンの文章「宇宙への想い」の後半部分・・・・こうして同じ価値観のみんなといる限り私の宇宙熱はもう冷めないでしょう。この会の会則の中に「この会の活動により一人でも多くの新しい天文ファンが生まれること、無限の宇宙への興味、科学に関心ある人(子供たち)が育つことを夢とする」とあります。この天文同好会があることでこの小さな町から宇宙物理学者や彗星を発見するほどのアマチュア天文家も現れるかもしれません。大人も子供も宇宙への夢が膨らむ天文同好会でありたい。もしかして二〇〇六年、巨大な彗星がやって来てその彗星には、会員の名前がついているかもしれない。                 民宿台鞍荘経営 湯田哲

この新聞の私の予言どうりに2006年には、マックホルツ彗星(2006年1月に撮影)、ポイマンスキー彗星(2006年3月に撮影)、マックノート彗星(南半球で今世紀最大だとか、この彗星は昼間でも見えたんだからすごいです。ぜひインターネットで検索して見てみてください。 発見は2006年です) ただこの予言、私が発見者でなかったのがはずれました。 残念! 
             
今度は10年後の2016年の彗星発見に挑戦してみようかな・・・・ 
    ※予言とは:私のひとり言(
福島民報新聞サロン75期生の時に私の書いた「宇宙への想い」の中の最後の文章)

わたしの好きな人

●好きな人= 宮沢賢治、チャールズチャップリン、淀川長治、ポール牧、
芳賀綏(東京工業大学名誉教授)この人は感動です、河島英五、尾崎豊、
カレルチャペック(園芸家12ケ月)、サンティグジュペリ(星の王子さま)

わたしの出会った本と作品

 

●わたしの出会った本たち(こんな事書いたってしかたありませんがこの自己紹介のページを少しでも文字で満たそうと思いますのですみません下らないことですが聞いてください)どうしても数千冊もの本を読んでいる文学好きな人々とちがってわたしの場合は少しの本しか読んでいませんので文章や文法的に間違えがあるでしょうがお許し下さい。でも世の中には様々な人間が住んでいるから楽しいのですよね。と思いつつ自分をなぐさめながら生きています。

「星の王子さま」

わたしは、童話の「星の王子様」が好きです。 わたしがその本を読んだのは子供時代ではなく成人してからでした。本に縁遠い(恥じをさらすようですが)わたしはその「星の王子様」を中学1年の時の国語の教科書の新しい目というタイトルで取り上げられていた????ゾウがうわばみをの飲み込んだ時の場面だけ覚えていたくらいでした。 20歳を過ぎたわたしはその本を読みながら涙がどんどんあふれてきたのを覚えています。不思議でした何で涙なのか? それ以来わたしはあなたの好きな本はと聞かれればサンティグチュペリの「星の王子様です」と答えてきました。

「雨ニモマケズ」

宮沢賢治の「春と修羅」の一番最後に詩(誰もが知っている詩)

・・アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリソシテワスレズ・・・・・・・・・・・サウイフモノニワタシハナリタイ

「生徒諸君に寄せる」

宮沢賢治の「春と修羅」のなかの一つです

・・諸君はこの颯爽たる諸君の未来圏から吹いてくる透明で清潔な風を感じないのか・・・・・新たな詩人よ雲から光から嵐から新たな透明なエネルギ−を得て人と地球にとるべき形を暗示せよ。

「よだかの星」

宮沢賢治の童話の一つであまりにも有名です

・・・・・よだかは、どこまでも、どこまでもまっすぐに空をのぼって行きました。もう山やけの火はたばこのすいがらくらいにしか見えません。よだかはのぼって行きました。・・・・・・・

「園芸家12ケ月」

カレルチャペック(ロボットという言葉を作った人です)の作品です。 昔、テレビのNHKテレビの今日のコラム??で紹介していたので読んでみた。「星の王子様」と同じような感覚で読み終えました。 素敵でした。

何でオリオンなのか?

わたしがオリオンに出会ったのは今から12年前の1985年です。 なぜオリオンなのか? 響きがよかったからかもしれません、星座の形あるいは星の数がちょうどよかったから・・・かもしれませんでもこのことについては後日書きたいと思います。オリオンのトレードマークもすでに12年前にできていましたそのマークも後日お見せいたします。
10年も過ぎた今でも、その理由を述べていないとなると、その理由の存在も怪しい。
あるいは私がこの10年間、
オリオンという何かが存在すると嘘をつき続けたか、そのオリオンの夢見ていただけかももしれない。
天を指差し 
おばあちゃんが言っていた。「嘘つきは泥棒のはじまりだと・・・・・」 仮面ライダーカブトの彼のセリフ風で・・・
彼ってきざだけどかっこいいし好きです。

でもやぱり今もなおオリオンには少しの物語も、その4つの星々の意味とか、話せばとても長いんです。ハイ

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