先生四五六年の時の担任は男の先生でした。私は国語、算数などは苦手で、図画・工作だけは得意だった。よくやったのは古新聞紙を細かく切って水とのりでこねあげた紙粘土細工・・いろんな物を作った。その時作った物や、描いた絵のことははよく覚えている。先生は私の得意で大好きな「作る」ことだけほめてくれた。だから私はそれに夢中でいられた。そんないい思い出だけしか持っていない今の私だけれど、今は忘れてしまった多くのことが、多分今の自分のどこかの部分を作っているような気がする。大げさに言えば人が持っている、考え方、価値観、思想、生き方のようなもの・・。高校をでてすぐに農業の勉強を一年間したことがある。ある時マレーシア人、タイ人、ブータン人多くの外国の人が日本の最新の農業技術の研修に来ていた。彼らから私が感じたものは何だったのか?私の心に入ってきたものは何だったのか?今考えると、大人になって先生と生徒という関係はほとんど無くなったけれど、自分とは違う体験や新しい考え方を持つ人は、自分の今持っているものへ良き変化をもたらす人はある意味でみな先生だと思う。
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