私の最近?の作文から
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感動を_くれた人たち 今こうして_生きていること 情熱を_生み出すもの ▼私たちの中の_エネルギーについて

おしゃべりの時代の_到来です(会長としてこ一年) そんな気分で_いたいもの・・・(退会にあたり)

感動をくれた人たち
(2007/01南泉寺寺報) 湯田 哲
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けましておめでとうございます。 最近感じていることを書こうと思います。 「彼が証明したもの・・・」 昨年アメリカで行われた、WBCワールド・ベースボール・クラシックをご覧になりましたか。日ごろ野球にそれほど興味の無い人でもあのゲームは、興奮したし最高でした。そしてその結末を誰が予想できたでしょうか。韓国に敗れた直後のイチローのインタビューで「僕の野球人生の中で最も屈辱の日です」が優勝し世界一になった瞬間、「僕の野球人生の最高の日です」に変わった。「日本の野球が世界のベースボールに勝った」「イチローの情熱、世界の頂点に導く」という新聞の見出し、閉会式で喜びにわく選手たちの中で、王監督が、イチローの腕を高くあげ彼を賞賛した。まさにイチローがいたからこその優勝だった。あの「屈辱の日」があったからこそ、彼の情熱がチーム全体を奮い立たせ「この試合に勝利し、世界一になるんだ」というエネルギーを生み出したのだと思います。もし日本が全ての試合を順調に勝ち進み優勝したとしたら日本中はあんなに喜び感動しただろうか。どん底からの勝利、屈辱の中からの勝利だからこそ、喜びは百倍になり、感動は千倍になったのだと思います。選手たち、イチロー、王監督、みんな素敵にまぶしいほど輝いていました。 人生の中で幾つもの困難を乗り越え、様々な苦労をしてきた人は、やはり彼らのように、いつも輝いているのではないでしょうか・・・。
「豊かさと裏腹に・・・」 〜子供たちに伝えたい事〜  今、世界の中でも日本は最も豊かな国の一つだといわれている。自動車、ロボット、携帯電話、コンピューター、液晶テレビ、高品質の工業製品などなど、物質的に豊かな社会である。テレビ、雑誌、携帯電話、インターネットから流れ出る毎秒何億もの情報と様々な価値観。物の量、情報の量ともに世界一なのである。その豊かさと裏腹に、かつて日本人が持っていた人を思いやる心や優しさ、新しいものを発見、創造する力が薄らいでしまったような気がする。  宮沢賢治の詩、「雨ニモマケズ」の中に「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ、アラユルコトヲ自分ヲカンジョウニ入レズ、ヨクミキキシワカリ、ソシテワスレズ」という部分があります。私の好きな文章の一つです。宮沢賢治が生きたころは、物も、食べ物も少なく、人々の生活は貧しかった。 あったとしても直ぐに手に入る時代でもありません。そんな中で大変な思いをして手に入れた本や楽器やレコードだからこそ、その中に書かれている文章も、そこから流れ出る音楽も、彼の心の中に深くしみ込んでいったのだと思うのです。そして彼の感性、自然をどこまでも豊かに感じる力、それを人々に優しく伝えるための表現する能力が彼の中で大きく育ったのだと思うのです。では今はどうでしょう。物も情報も食べ物もあふれています。満たされていることは向上心や探究心、感動する気持ちが育つにはマイナスである。ならばどうすればいいのか、物についていえば、今直ぐ手に入るから手にするのではなく、少しの間、「手にするのを待つ」というのはどうだろうか。なかなかできることではありませんが・・・情報についていえば、誰かの出した答えや結論を直ぐに見て、その情報に流され染まることなく、まずは自分で考えてみてからではいかがだろうか。少し遠回りすることで別の何かを感じたり、何か見えてくるものがあったり新しいアイディアが浮かんだりする。不便さや大変さがあるから、人は何かを発明する。沢山の謎、理解できない現象があるから自ら考え何かを発見したりする。自分にできないことがあれば、それを身につけようとする。コンプレックスがあるからこそ、それをバネとして自分を高めようとする。そしてそれが無理なら自分の今できることをさらに高め、そのコンプレックスをカバーする。人は誰も生まれながらにそんな「力」を持っているのではないでしょうか・・・。
「彼女からもらったもの・・・」 韓国に「イ・ヒヤ」という二十一歳の女性ピアニストがいる。彼女は生まれた時から二本の指しかない。両手合わせて四本の指のピアニストである。コンサートで世界中をまわる。そして十本の指を持つピアニストと同じように演奏する。その指の動きは六本の指の分まで弾くため、すごい速さで鍵盤の上をすべるように動く。彼女の演奏とその姿に多くの人々が感動する。彼女のコンサートを聴き終え、観客が涙ながらに「素晴らしいとしか言いようがありません、彼女からは最高の勇気をもらったわ・・・」私も一緒に画面のこちらで涙した。五体満足な自分は、果たしてこれでいいのかと思う。頑張らねばと思う。もっとしっかり生きなくてはと思う。彼女も今この同じ地球の上で生きている。人は何かしら乗り越えて生きてきた。そしてこれからも同じように生きていく。時々そんな自分の人生を振り返りながら、さらなるこれからの人生に胸躍らせながら、家族や、友だちや周囲の人たちとおしゃべりをしてはいかがだろうか・・・。

 


今こうして生きていること
2006/01南泉寺寺報)針生檀頭 湯田哲
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明けましておめでとうございます。最近、感じたことを書きたいと思います。 人はみな、父と母のそれぞれの遺伝子を一つずつもらってこの世に誕生し、成長し現在の自分にいたります。これをさらに過去へさかのぼると百年でだいたい四世代、父方、母方それぞれの家系があるので、左の図で分かるように百年間で十四人の遺伝子をもらって今こうして自分が生きていることになります。二百年で百二十六人、三百年だと五百十二人となります。自分と御先祖様との関係を、遺伝子というものでながめると、何百年、何千年もかかってこの自分にたどりついたことが、奇跡のように思います。そしてそれは同時に何百人、何千人もの御先祖様たちへの感謝と賞賛でもあります。 何百人、何千人もの遺伝子をもらい現在の自分がいる。何か自分が特別の存在に思えてきます。自分とつながりのある遺伝子を持った過去の人々、御先祖様たちがどんな生活、どんな生き方、どんな考えをしていたのか心ひかれます。 親が我が子の幸せを願い。その子が大人になり親になってまた自分の子の幸せを願う。おじいちゃん、おばあちゃんが孫の幸せを願う。江戸時代に生きていた御先祖様は三百年後の時代に生きる子孫の私たちの幸せを願っていたにちがいありません。ならば今生きている私たちは幸せでなくちゃいけません。そして今度は、私たちが未来の子孫たちの幸せを願う番です。 時を超え、過去からずーっと続く遺伝子の軌跡が、幸せな未来に続きますように願いながら・・・


祝 辞 〜情熱を生み出すもの
(2006/04/06)
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沢山の夢を胸に、この学び舎に立つ新入生のみなさん、本日は入学おめでとうございます。 つい先日まで、檜沢小学校、針生小学校のそれぞれの最高学年として、後輩たちの良きリーダーとして活躍してきた皆さん。そのリーダーとしての体験は、中学生としてふさわしいみなさんの中に今、自分で考え自分で計画を立て行動するという自立心や、より自分を高めたいという向上心という形で存在しています。 ではこれからの三年間、みなさんは、どんな知識、どんな能力、どんな技術を身につけていくのでしょうか。そしてどんな体験をしていくのでしょうか。 これから皆さんに二つのことを話したいと思います。
まず一つ目は、「情熱」と「エネルギー」についてです。 WBC、ワールド・ベースボール・クラシックを皆さんはご覧になりましたか。 日ごろ野球にそれほど興味の無い人でもあのゲームは、興奮したし最高でした。 そしてその結末を誰が予想できたでしょうか。 韓国に敗れた直後のイチローのインタビューで「僕の野球人生の中で最も屈辱の日です」が優勝し世界一になった瞬間、「僕の野球人生の最高の日です」に変わった。日本の野球が世界のベースボールに勝ったという新聞の見出し、とにかく私にとっても最高の日でした。 イチローにとってあの「屈辱の日」があったからこそ、彼の情熱がチーム全体を奮い立たせ「この試合に勝利し、世界一になるんだ」というエネルギーを生み出したのだ。 もし日本が全ての試合を順調に勝ち進み優勝したとしたら日本中はあんなに喜び感動しただろうか。屈辱の中からの勝利だからこそ、喜びは百倍になり、感動は千倍になったのだ。この時のイチローのように、みなさんが、何かの壁や悩みにぶつかって、それを乗り越えようと努力している時、それは自分を高めるエネルギーになるはずです。 
 それでは二つ目の話しですが、いつも目の前にあるから見えなかったり、気づかないでいるものについてです。 宮沢賢治の詩、「雨ニモマケズ」は知っていますね。その詩の中に「あらゆることを自分をカンジョウに入れず、ヨクミキキシワカリ、ソシテワスレズ」という部分があります。十代のころの私の好きな文章でした。 宮沢賢治が生きたころは、物の無い時代、人々の生活も貧しい時代です。あったとしても直ぐに手に入る時代でもありません。そんな中で大変な想いをして手に入れた本や楽器やレコードだからこそ、その中に書かれている文章も、そこから流れ出る音楽も、彼の心の中に深くしみ込んでいったのだと思うのです。そして彼の感性、自然をどこまでも豊かに感じる力、それを人々に優しく伝えるための表現する能力が彼の中で大きく育ったのだと思うのです。 それでは今はどうでしょう。物も情報も食べ物もあふれています。満たされていることは向上心や探究心、感動を生むことにはマイナスである。この満たされた時代を生きる皆さんに言いたいことは、物についていえば、今直ぐ手に入るから手にするのではなく、少しの間、「手にするのを待つ」というのはどうだろうか。なかなかできることではありませんが・・・情報についていえば、すぐに答えを見ようとせず、まずは自分で考えてみてからではいかがだろうか。少し遠回りすることで別の何かを感じたり、見えてくるものがあったり、自分自身で考えることで新しいアイディアが浮かんだりする。 この目の前にある空気の存在を、いつも気にして生きている人は少ないだろう。空気を吸って生きている私たち人間が、五回、呼吸する内に一回だけ息を止めることだけで、空気のありがたさや、人間が地球の空気の底に住んでいる一つの生命に過ぎないことを確認できるのと同じように・・・・皆さんのお母さんお父さん、家族も、この空気のようなところがありませんか。どうですかみなさん・・・・・ 不便さや大変さがあるから、人は何かを発明する。沢山の謎、理解できない現象があるから何かを発見したりする。 自分にない物があるのならそれを身につけようとする。分からないことがあるから自分で考えようとする。コンプレックスがあるからこそ、それをバネとして自分を高めようとする。 そしてそれが無理なら自分の今できることをさらに高めてそのコンプレックスをカバーする。 この三年間でさらに自分を素敵に高める向上心を身につけていって欲しいものです。 3月の卒業の別れの涙が、今日喜びとなって、皆さんの中学生生活の第一ページ目がつくられます。さあ中学時代のスタートです。友情を深め、よく遊び、よく学び、よく遊べ。充実した三年間になることを心から願っています。 本日は入学おめでとうございます。 平成十八年四月六日 桧沢中学校父母と教師の会会長 湯田哲


祝 辞  〜私たちの中のエネルギーについて
(2006/03/13)
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沢山の想い出を胸に、この学び舎を後にするみなさん、卒業おめでとうございます ついにこの日がやってきましたね。いろんなことが皆さんの脳裏に浮かんでいることでしょう。 私も今からちょうど三十年前の一九七六年三月、ある訓練センターの卒業を迎えていました。その時ちょうど地球にはウエスト彗星という彗星が接近していました。彗星には一番目に発見した人の名前が付くのはご存知ですよね スイスのウエストという人が発見した彗星でした。宇宙や天体の本を開けば必ず載っているほど有名な大きい彗星で、私はその彗星を写真にとりました。今でもその写真は私の家の玄関に飾ってあります。 その後も時々地球にやってくる彗星を写真におさめていました。一九九七年のある日、撮影した何枚かの彗星の写真の日付を見ていて、一〇年おきでやってきていることに気づきました。一九七六年のあのウエスト彗星、一九八六年にはハレー彗星が、さらに十年後、一九九六年三月には日本人の百武さんが発見し、美しく長い青い尾が特徴の百武彗星です。 当時、私は日記に「多分二〇〇六年にも大きな彗星がやってきているに違いない、その第一発見になって湯田彗星なんてことになったら最高だろうな」などと書いた覚えがあります。 今年二〇〇六年三月、どうだったのかというと・・・・・実はやって来ているんです 私の名前が付かなかったのは残念でしたが、ポーランドのワルシャワ大学の天文学者、ポイマンスキーという人が一月に発見したばかりの彼の名前が付いたポイマンスキー彗星です。私の卒業の思い出、ウエスト彗星からちょうど三十年目の今日、皆さんの卒業を祝うかのようにやってきているポイマンスキー彗星、あれからちょうど三十年後の私がこんなふうに皆さんの前で、その彗星の話しをしている・・・・・何か特別なもの、運命的な何かを感じます。 十年後、二〇一六年の三月、もしかすると、大きな彗星がやはり地球に接近していて、その第一発見者が皆さんの中から出るかもしれませんね 十年後皆さんはどんなふうになっているのでしょうか
 私から卒業する皆さんに次のことを伝えたい。 昨年の愛知万博では、ロボットが活躍していました。私が子供頃のロボット、 鉄腕アトムや鉄人28号は漫画やアニメの世界でしたが、今や現実のものになろうとしています。ロボットは電気エネルギーを充電して動いています。 では人間はというと「ご飯を食べる」「食事をとる」ことがその充電にあたります。 しかし人間には食べること以外に、いくつもの充電があるのをご存知でしょうか 学校で学んだ知識や、自分の興味から一人図書館で調べた多くのことや、クラブ活動で得た多くの技、勇気、何にでも挑戦する好奇心、友だちや家族、地域の人たちとのふれあいの中で得た人を思いやる心、正義を愛する心、これらを自分の中に取り入れることも「食べること」同じく大切な充電なのです 充電したなら放電をしなくてはいけません 元気に「おはよう」の挨拶をし、誰かを元気にしたり、誰かに自分の勇気というエネルギーを分けてあげたり、きのう学んだ知識を誰かに優しく伝えることも・・・・・色々です ロボットは充電したエネルギーを一度使ってしまえば空になってしまいますが、人間が充電したエネルギーは、空になるどころか、自分の中でさらに別なエネルギーと混ざり合って大きなエネルギーに変化します でも良いことばかりではありません。ロボットの充電は短時間ですみますが、人間の場合は、何日も何年もかかる場合も、時には何十年もかかっての充電なんてこともあります。 あせることはありません。 皆さんにとって今しか充電できないもの、青春の今だからこそ充電できるものがあるはずです 友情、勇気、正義、感性、好奇心、向上心、やさしさ、愛・・・・・・これらはみな人間を動かすエネルギーなのです。その充電した多くのことが自分はもちろん家族や周りの人も幸せにしているでしょう。  最後にこの卒業の日にあたり、卒業生の檜沢中学校での三年間、やさしく時には厳しく見守りご指導下さいました校長先生を始め諸先生方、暖かく接してくれました父兄の皆さん、地域の人々に心から感謝申し上げます そして檜沢中学校の益々の発展と卒業生の素晴らしき未来への充電が実りあることを祈念致しましてお祝いの言葉とさせて頂きます。   平成十八年三月十三日   桧沢中学校父母と教師の会会長 湯田哲


おしゃべりの時代の_到来です
PTA会長としてこの一年
(2006年檜沢中学校PTA会報)
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会長としてこの一年、校長先生を始め諸先生方のアドバイス、サポート、保護者の皆さんのご協力を頂きながらこの役を無事務めることができましたことを心より感謝いたします。二年目であったことは、私の自信となりました。県PTA大会を始め多くの会議に参加し、意見もさせて頂きました。その一つをここで述べたいと思います。それは「子供達に話しかけようとせず、子供達の世界に触れようとしないのは、大人としての役割の放棄である。大人は、社会はもっと子供達に干渉すべきではないのか」ということです。遠い昔、文字の無い時代、長老達がいろりを囲み、自分の失敗談、恋愛話し、自慢話しを子供達に聞かせ、子供たちの話しを優しく聞いた・・・今の時代、その関係があまりにも寂しい。昔のように子供には、大人の持っている色々な知恵、人生観、価値観、いろんな考えに、おしゃべりを通して触れ合える機会、チャンスがもっと必要だと思うのです。テレビ、ゲーム、インターネットなんかより面白い「おしゃべりの時代」の到来です。おしゃべりで人の心を知り優しさに触れ、優しくなれる。最後に子供たちの夢育つ学び舎、檜沢中学校の益々の発展とPTA活動の益々の充実を心よりお祈りいたします。


そんな気分で_いたいもの・・・
PTA退会にあたり
(2006年檜沢中学校PTA会報 純の父湯田哲)
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 三年前の入学の日、誰かが「あっという間だから」と言っていた。本当にあっという間だった。息子の顔も、体も、会話も、態度も、どれをとってもとにかく成長した。親ばかでそんな気分でいたいもの・・・。千日以上の大切な中学時代を送ることができた。息子の良き友達にも、桧中の生徒の皆さんにも先生方にも、本当に良き人々と共に過ごせたからである。本当に感謝である。


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