日記(2001/06)
2001/06/17:あーあ・・・お久しぶり、 この日記帳・・・・・(一日分)
何してたんだろうか? ひとり言をご覧あれ・・・・・・向こうに転記した。
3日間ずーっと雨で山に水見に行かななくて、今日の夕方行ってみたら・・・・何枚かの水田が乾田になっていた。
あわてて、水かけてきた。 秋には実り多き田んぼになってほしいけど・・・・・
カモの親子が相変わらず、北2水田ではカモの親子がよりそって泳いでいた。
(全部で41枚の田には「N−5水田」とか全てこういう名前が付けてある。東には11枚+西には15枚+南には4枚+北には11枚である)
2001/06/07:ポンプ操法の応援、雨、くもり、晴れ、曇り、雨、くもり・・・(一日分)
午前5時過ぎ起床(めずらしく)、ポンプ車にて南会津広域消防本部へ、第2分団第6部は6名で他の部のポンプ操法の応援に行く(何年かおきに順番が回ってくるのだ) 見ていることの何と気楽なことか・・・・一番大変なのはもちろん選手たちだ。 もちろん見ているだけでなく応援なのだが・・・ 昨夜から今朝までの雨があがり、幸いにも練習ができたのだ。 しかし国道289号帰り道で雨降り、針生は雨だった。 出るときは太陽が出ていたのに・・・しばらくしてやんでくもり
2001/06/06:ラジオ福島のお昼休みの番組に出た、もちろん声だけ(一日分)
ラジオ福島のお昼休みの番組に出た、もちろん声だけ・・・
今週は田島の人たちだそうで、水曜日で3人目ということになる。 すごく緊張してた。 声だけだが、責任有るし(無責任なことは言えないし、メディアは大変重要なものなのだ)
たじま天文同好会の会長と言うことで、3分間はあっという間に過ぎた。天文同好会の現在の人数、平均年齢は?星に興味を持ったのはいつ頃か?子供の頃一番印象に残っている彗星は?
とっておきの写真は?
1970年にやってきたベネット彗星です。雑誌には必ずにのっている有名な大きな彗星なんです。 今までに撮った天体写真の中でこれぞ自慢できる写真は?1997年に来た、ヘールボップ彗星はかなり長期間、人々を楽しませてくれました。 HB彗星は2本の尾があるのが特徴で、輝きも大きかったので500枚以上は撮影しました・・・・・マイナス8度くらいになったりカメラが凍ってきますのでヒーターをつけてそれを防ぎました。
最後に、聞いてる皆さんに今年のこれからの、おすすめの天体を教えてください。
東より少し南よりに夜8時頃赤く輝いているのが火星で、今月の22日に火星と地球に再接近(一番近づくこと)で見頃です。
さそり座の赤い星、アンタレスと並んでか輝いてるので見つけやっすいです。現在の輝きの3倍にもなリ、夜空を楽しませてくれます・・・・・
その彗星がこの次に地球にやってくるのが何千年も先なんです。とても神秘的だし、もう会えないかと思うと撮らずにいられないのです。こみ上げる何かがあるんです。 まさにロマンですね。 そうロマンなのです・・・・・・じゃ 湯田さん 今日はどうもありがとうございました・・・ご活躍してくださいね・・・・さようなら
今日の町の哲人、達人はたじま天文同好会の湯田さんでした・・・・・たしかに3分間ちょうどだった。さすがプロのアナウサーですね。
2001/06/05:くもり、色々あった一日だった・・・・(一日分)
2001/06/04:水がカラカラの田んぼ(一日分)
快晴、山へ水見、二日間七ケ岳の上で不在だったので、水がカラカラの田んぼもあった。あわてて水かけた。午後、山小屋の片づけ・・・
2001/06/03:最高の町の夜景と満天の星(金星を主人公に) 日の出も最高!!!!(一日分)
午前3時少し前、誰かの話し声、それで目が覚めた。 寝るとき月夜で明るかったので、あまりにも暗いので曇っていることを想像しながら、 「晴れてる?」と外の友達に聞いた。「すごい数の星だよ」と返事、ウソだろと思ってテントのファスナー開けて空見たら、彼の言うとおり、満天の星だった。 月の明かりが消えていたのは雲の性じゃなく西へ沈んでしまっていた性。西の空には寝る頃東に輝いていた火星(今年は久しぶりの火星が地球に最接近(6月)で特に大きく赤く(オレンジ色)輝いている)とさそり座の赤い星アンタレスが輝いていた。
・・・最高の町の夜景、田島町を縦に走る国道121号線沿いの明かりが帯のようにつながっている、月が沈んだ後の満天の星、東には金星がちょうど目の高さに輝いている。
金星を主人公に他の星々たちも輝いていた。 そして東の空がたんだん赤く染まり始め、太陽も最高の状態で顔を出した。 これらすべてデジカメと一眼レフの写真におさめることができた。バンザーイ!
山開き当日の朝の始まりです・・・・・・今年は去年より少なく登山者は300人くらいじゃなかっただろうか。 山開き記念バッチを登山者全員に配るので、数はだいたいわかるのだ。 寒かった夜がウソのように日中は暑くなった。景色も最高だった特の山々が私たちを囲んで見ているようだった。 まだ雪の残る山々・・・緑に包まれた山々、濃い青空・・・・すべての風景は・・・みんなの疲れをとってくれていた。
2001/06/02:小学校の資源ゴミ回収作業、夕方から七ケ岳へ登山(一日分)
午後より小学校の資源ゴミ回収作業、父兄と子供たちそれぞれの班の担当区をまわって集めた。古新聞はトラック一台に山積みだった。いつもより多くすごい量でした。キロ4円とか、莫大なお金???・・・いや少しでも良いから学校の活動費になればいいですね・・・。
夕方、七ケ岳へ登山。無線クラブの友達と息子と私の4人で出発。 先発隊はすでに2人頂上についていた。
となりのスキー場の第5キンチョウ(一番てっぺん)標高1600mプラスアルファの七ケ岳の頂上の1634.8mとほぼ同じ高さ、その高さまでキャンプ資材や明日の七ケ岳の山開きの準備のためのものを運びあげるのだ。
・・・・・去年は残雪がその作業道の途中にあって車をそこに置いて、かなりの距離を歩かなねればならないことになって、結局頂上に着いたのが夜中の8時ころになってしまいヘトヘトだった苦い経験をしているので、今年はとてもスムーズで、登れたのだ。
それでも歳なので、ラクチンっということはなく、やっぱり疲れました。(去年と比べれば天国と地獄のちがい) 頂上には6人
夕食は定番のインスタントラーメン、網をもっていったのでもちろん焼き肉、そしてビール・・・・・そしてみんなでおしゃべり・・・・
寒かった。 次の日の日の出を見なきゃいけないので10時過ぎに寝た。 寒い寒い夜の始まりです。寝袋が薄く感じたくらい寒かった。幾度と無く寝返りそしてカッパをさらに着て再び寝袋へ・・・・
2001/06/01:真っ青な空、真っ白な雲、さわやかな日でした。 手続補正書をオンラインで特許庁へ(一日分)
真っ青な空、真っ白な雲、さわやかな日でした。 午前中山へ、36枚のリバーサルフィルム撮り終えた。 いつもと違ったようなアングルで写真が撮れたと思う。 PLフィルターを使用(青空がより青く写るフィルター)
帰ってきて、ああ・・今日もコンピューターの前にいた。嬉しいような不安なような空しいような、複雑気分。
昨日は特許出願願で、今日は2年前に出してある特許の明細書の一部変更、図面の追加などをした。
明細書はさすがに無理のようで、訂正はできなかった。 特許の内容までも変わる可能性、つまり請求範囲をどんどん変えていくことなどによるもので。
これでは全く違った特許にいつの間にかできてしまうので補正不可能にばっているらしい。
特許の本でも読めばちゃんと詳しく書いて有るんだろうけど、私は読まない、読めない主義だ。本当にすごい発明なら誰しもが飛びつくし、ひっぱりだこで、本当のタコになっちゃうかもしれない。
公開されて本当の特許になりうるのか? でもいつか本当の特許を持ってみたいものである。
昨日の出願した特許で4つ目ということになる。 んんんん・・・・今度もだめかな??